私は待っていた。

華奢な身体に私が贈った白いドレスをまとって、静かに腰掛けている彼女を。

私はずっと待っていた。

私が時折現状を忘れて話し掛ける言葉に、彼女が応えてくれるのを。

私はひたすら待ち続けていた。

相槌を打ち、鈴鳴りのように笑い、微笑むソレが……






――――生えてくるのを。

























私は、小さな診療所で医師をしていた。
本来は外科、というより検死や解剖が専門なのだが、人手が足りないという理由で内科や神経科、
あげくには、心理学にも精通しているというだけで、思春期のカウンセリングの真似事のようなものまでやらされていた。
重度のアルコール依存症患者をやっとのことで送り返し、院長の横暴をそろそろ本格的に訴えようかと真剣に検討しながら次の患者を呼ぶ。

それが、彼女との出会いだった。

「……!」

控えめな声で失礼します、と言って入ってきた彼女は、私の顔を見たとたんぱっと眼を丸くした。
驚きの色が混じっていたそれは次第に、妙に熱っぽく変わり、魅入るようにじっと見つめてくる。
この容姿が人目を引くことは物心ついたときから自覚していたし、こういった反応にもとうに慣れたどころか嫌気すら刺していたが、
めずらしいことに、このとき私はそれを別段不快感を憶えることはなかった。

「どうぞ、そこへおかけになってください」

にこりと微笑んでそう促せば、彼女はまるで魔法が解けたかのようにはっとして、慌てて口を開いた。

「ジェイド・バルフォア教授?」
「ああ…」

教授、その懐かしい響きでようやく彼女に察しがつく。

「あそこの学生ですか」
「ええ!ファンなんです。先生の講義、とても興味深くて――――」

少し興奮気味に声を弾ませた彼女は、どちらかというと幼造りな顔にはっとするほど綺麗な笑みを浮かべて言った。

「わたくし、ナタリアと申します」












彼女は、若くて美しい、そしてとても可愛らしい女性だった。
茶色がかったショートの髪を毛先でカールし、とても色白で、はっきりとした大きなつり目は髪と同じ茶色だった。
私がかつて二年前まで教鞭をとっていた場所の生徒。頭痛持ちで少し不眠症気味で、良く食べるが太らない。料理はあまり得意ではなかった。
一人娘で、両親はいない。母は幼い頃に、私と同じ外科医だという父は数年前に亡くした。

そして、つきあいはじめて半年になる18歳年上の恋人のことを、相変わらず「先生」と呼んでいた。
彼女は私の年齢も経歴も気にしないで笑っていた。だから私も、彼女の過去を詮索するような真似はしなかった。




結婚しよう、と言うと、彼女は少しためらった。
彼女の学校も卒業間近で、そろそろ身の振り方を考えなければならない時期だった。

「わたくしのこと、何も知らないのに?」

結婚が嫌なわけではないと、彼女は口ごもった。

「…どんな男の人とつきあったことがあるか、とか」
「興味ありませんね」

さらりと返すと、ますます彼女は戸惑うように手を握り締めた。

「結婚なんてしてしまえば、ひどく後悔するかもしれませんわ」

そう言う彼女の顔には、どこか怯えるように翳っていた。











やっぱり、話さないと。
彼女はベッドの中で、唇を震わせてそう告げた。

「先生には、隠してはおけませんもの」
「…ええ」

私はベッドサイドのテーブルから煙草を取りながら、意を決したような彼女の声に相槌を打つ。

「わたくし、」

身を丸めて、彼女は今にも途切れそうな細い声を紡いだ。

「わたくし…わたくしのこの身体、呪われておりますの」
「呪い……?」

戸惑う私に、だが彼女は至って真剣だった。
何かの比喩なのか、たとえば遺伝的な問題を抱えているとか、それとも……
そう思考を巡らせてる私の目の前に、すっと左の人差し指が差し出された。

「はじめは、この指でしたわ」

わたくし、お料理がしたかったんですの。
物心つく前に母を亡くして、家のことは通いの家政婦さんがやってくださっていたのですけれど、
それでも自分でやってみたくって……台所で、椅子に登って、まな板と包丁を並べて、野菜かなにか切ろうとしたのですわ。
けれどそこにお父様がいらして、とても怖い声でお怒りになったの。
わたくしびっくりして、手元が滑って指を切り落としてしまったのです。丁度第二間接あたりでしたわ。
お父様は―――わたくしのこと、好きではありませんでした。いえ、憎んでいたのだと思います。
本当の娘ではないのだと、よく言われましたわ。どこの誰とも分からない男の子だ、と。
ですからそのときも、お父様は大声で怒鳴りつけて、
痛いのと怖いので泣きじゃくるわたくしにろくな手当てもしてくださいませんでした。
外科の医師ですのに縫合手術なんてなさらないで、消毒と止血だけ……あとは放ったらかしでしたわ。

そこまで一気に語って、彼女はすこし息を付く。
私が見る限り、傷跡一つ無い細くしなやかな彼女の指は、桜色の小さな爪までしっかりとついていた。
その視線に気づいた彼女は、じっと私を見つめ返す。

「不思議ですの?こうしてきちんと指があること」
「…………」
「生えてきたんですのよ」

冗談や嘘を言っているような響きは、微塵もなかった。

「一ヶ月くらい、ですわ。少しずつ肉が盛り上がって、きちんと爪も生えて、元通りに」

火をつけ忘れたままの煙草を咥えて、私は彼女の横顔を見つめる。

「信じてくださらないでしょう?先生。でも、本当のことなのです」

白い肩が震えて、そっと私に寄りかかる。

「父はそれを見て、狂った目をして笑いました。唇を吊り上げて、そうか、そういう身体だったのか、と」

彼女は、泣き笑いのように顔を歪めていた。
















・・・



ここまで描いて力尽きた。元ネタは綾辻行人の「眼球綺譚」、イっちゃった作家のイっちゃったホラー短編集。(爆)
図書室で借りた本だったので返してしまい、続きは書けないのですが…

このあと足やら腕やらも事故とかで切断したのに再生したんだとナタリアは語り、
泣いて怖がる彼女をなだめて、結局ふたりは結婚します。
新婚生活は幸せなもので、ジェイドは医者を引退し、静かに暮らすうちに例の話も忘れていきます。
ところがその後ナタリアは頭の病を患い、ジェイドのいない間に思い余って自らの暖炉に頭を突っ込み、
ひどい火傷で瀕死となります。帰ってきたジェイドは驚いて、治療しようとしてふと思い出すのです。
ナタリアの再生の話を。
ナタリアは、病んで行く自分の頭を、再生することで治そうとしたのではないか。
でも自分で首を切るのは力もいるし難しいから、焼き潰そうとしたのではないかと。
ジェイドはまだ少し息のあったナタリアの首を切り落としました。
少し考えて、いらなくなった古い首はそれでも事情を知らない人に見つかると面倒なので庭に埋めて。
そして冒頭。出血を止め、綺麗なドレスを着せて、ナタリアの首が生えてくるのを待つんです。
でも、だんだん腐臭を放ち始める彼女の身体を見て、ジェイドは正気に戻っていく。
ピロートークを真に受けて、私はとんでもないことをしたのではないか?
あれはただ私の愛を確かめたかっただけのただの冗談で、私は息のある彼女にとどめを刺してしまったのか?
追い詰められ、気が狂うほどの時間を、それでもわずかな期待を込めて待ちつづけるジェイド。
するとある日、どこからか声が聞こえるようになった。
とうとう幻聴が現れたか、と、どこか冷静に自分をあざ笑うが、その声はなかなかやまない。
どうにも気になるので声を辿ってみると、それはどうやら庭のほうから聞こえてくる。
近づくうちに、その声が赤ん坊の泣き声であると気づき、慌てて声の元を探るジェイド。
そこは、かつて切り落とした首を埋めた場所。
土を掘り返した彼は、とうとう見つけたのです。

大人の首から赤ん坊の手足が生えた、火傷だらけのまま微笑む彼女を。


―――――ああ、再生は頭から行われたのだ!




…っていう話でした。(怖いよ!!)(ホラーだからね)
この背徳感がなんともジェイドらしいと思い、ひそかに好きなジェイナタにしてみた。
綾辻行人はイっちゃってる感がとってもよいので、好きな方は「館シリーズ」からチャレンジしてみてください。





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